コンテンポラリーアート虎の巻

コンテンポラリーアート論

25写真は「真実」のエビデンスではなく、「もうひとつの現実」生成のためのもの。

現代写真を巡っては、語らなければならないことが次々に湧いてくる。それは、批評自体が問い返されるような、新しい事態や作品が次々に現れるからだ。そして安定し、固定した万能の理論が成り立たず、常に批評も流体のような変成能力が求められるからである。

写真の分野における拡張や変成は、まだまだコンテンポラリー・アートの分野において過小評価されていると思われる。

と同時に、新しい写真の事態にポジティブに評価を与えず、写真の第1ステージにおける「写真=真実」にリターンする同調圧力も働いている。アートにおいてすら、「こんなものは写真ではない。アートではない」という声がすぐ上がる。常に保守的な力がついて回るのである。

 

写真の再編・拡張について改めて確認しておくと

 

①写真と絵画は、第2ステージにおいてはっきりと別のアートフォームになった。批評原理も別であるという再編。

②第2ステージを迎えた写真は、デジタルとコンセプチュアルアートからの、さらなる再編が混じり合った事態をむかえているということ。

③第2ステージを迎えた写真は、その誕生時に色濃くもっていた「メディア性」を再生させ、他者性や実験性、多様性、社会との接続性などの力を、再び全開させているということ。

④さらに言うならば写真は、絵画がその強度生成の変換術とした、歪形やレイヤーの衝突ではなく、次元ディメンショナルな戦略性によって、強度生成できると言う優位性を持つに至ったということ(合成、スキャニング、多様な出力によるインスタレーション、プロジェクション、動画、インスタグラムなどSNS発信、3Dデータ化など)。

⑤そしてその結果、従来の「現実」とは別の(パラレルと言っても良い)リアル、あるいはリアリティの生成に加担することができるようになっている、ということ。ポストインターネットの作品としても写真は極めて有力なポジションにいる。

 

とわいえ、「ピクチャー」だとか「コンテンポラリーアートとしての写真」「コンセプチュアルフォト」「フォトアート」などと、イマイチ座り心地の悪いコトバしかないのが難点である。

流動性からくる、カオスと分裂。

リシツキーやモホリ=ナジらを指す「構成主義者」というコトバのラディカリズムが、いまだ正しく定着しないのと同じぐらいもどかしい(カールステン・ニコライはさしずめ構成主義者の末裔、未来形と呼びたいくらいだ)。

 

ともあれ第2ステージのフォトアーティストにおいて何が起こっているかを、事例をあげ考察しておくべきだ。

 

例えば、1978年生まれの小山泰介は、デジタルネイティブのフォトアーティストである。彼が写真という手段を選択した理由として、デジタルであったということ、そして都市を被写体とする森山大道の作品との遭遇が始点がある。

小山にとり東京の持つ都市性、表層においては無機と有機が等しく変換を遂げているという認識だ。

彼は、マクロレンズで街中の自動販売機に貼られていた「虹」の印刷物を撮影し(「レインボーフォーム」と名付けられた作品群)その変容やハンディ顕微鏡による拡大などによる変換作業、そしてイメージの高速または低速によるスライドプロジェクションなどを10年に渡りつづけている。

彼は『現代写真論』を著したキュレーターであるシャーロット・コットンが構成した韓国・大邱でのフォトビエンナーレや、写真の最前線にいる作家80組を集めたコットンの『写真は魔術』にも選ばれている。

また、日本の文化庁の派遣によりロンドンで2年におよぶレジデンスの間に制作した作品を中心に、ロンドンのコンテンポラリーアートの登竜門ともいえる大和ファウンデーションでの個展を成功させるなど、目覚ましい成果をあげている。

さらに追記するならば2016年の、あいちトリエンナーレ岡崎シビコ会場でのグループショー「trans-dimension」で、彫刻家・名和晃平/ダミアン・ジャレと組み3Dデータ内でキャッチしたイメージを出力し、それをハンディ・スキャニングしたものを再立

体化した作品を発表したことだろ。

そこには、明らかな写真の逸脱とも言える拡張が、企てられていた(この展示には、他に横田大輔、赤石隆明、ルーカス・ブラロック、勝又公仁彦が参加)。

まさにフロントラインに立つアーティストと言えるだろう。

 

彼はいったいどのような認識をもっているのか。

それを公開することは、重要なケース・スタディとなるだろう。

 

スイスのウィンターツール写真美術館は、アムステルダムのfoam写真美術館と並ぶヨーロッパの写真動向を牽引する重要拠点である。

小山泰介はロンドン滞在中に、ウィンターツール美術館が主催するPlat(t)formという現代写真の登竜門に、日本人で初めて選出された。

 

Plat(t)formは、展覧会ではなく、ヨーロッパに在住する才能ある若手写真家を150人ほどノミネートし、さらにそこから40人ほどにしぼり、さらに将来性のある5人のアーティストを招聘しウィンターツール写真美術館で2日間にわたり「プレゼンテーション」をさせるプロジェクトだ。まだ始まって間もないプログラム、プロジェクトだ。

ペインティングではなく、現代写真においてこのような批評性の高いポートフォリオ・ヴューイングが行われているところが、まさにコンテンポラリーアートの現在を表しているといえよう。

 

オランダやスイスなどの中欧諸国は、大国主義(コンチネンタル)ではなく、きわめてネットワーク主義(アーキペラギック/群島的)な戦略をとっている(日本もそうしなければ、グローバルな影響をもち得ないのだが、政治同様に、相変わらず出来もしない大国主義の幻想の中にいる)を取っている。

一時は、フィンランドの現アールト大学の教授でベルリンのギャラリータイクを主宰するティモシー・パーソンズのプロデュースする「ヘルシンキスクール」出身のフォトアーティストがクローズアップされていたが、現在はチューリッヒ芸大やローザンヌのecal出身のフォトアーティストに注目が集まっている。これもベッヒャースクールやヘルシンキスクールという「スクール系」「流派」ではなく、もっともっと地域を越えたネットワーク性に現代写真がシフトしていることを示している。

 

Plat(t)formが注目に値するのは、人種や国にこだわった戦略でないところだ。ヨーロッパにレジデンスしておればアプライの対象となる。極めてオープンな仕組み作りと言えるだろう。

 

小山泰介と僕は、Plat(t)formへの最終「プレゼン」のために、想定問答風のメールのやりとりをしたことがある。

西洋のロジカルな文脈に対してどう「プレゼン」するのか、というトレーニングだと思えばよい。いくつかその時のレスを抜粋しておこう。

 

「今という時代」と「写真」について、どのような関係があるのか?

と僕が問うと、小山泰介はこう答えていた。


「いつの時代も写真はテクノロジーの発展とともにありました。ここ数年で急速に発展したデジタルカメラやインターネット、ソーシャルメディアによって、写真はさらに自由になると思います。それらが写真にもたらした感覚は、真偽不明、オリジナル無効、際限のないコピー、再編集、タグ、キーワード、ソート、シェアやコミュニティといったものですが、僕はそれらをこの時代の写真が獲得した自由だと考えています」


このレスは明確に、第2ステージとしての写真に取り組むすべての人が、共有しておかなけらばならないことに答えている。そして、彼は、自分にとっての「同時代性」についてもこう語っていた。


「僕にとっての"同時代性的な写真"とは、"実験精神""身体性""世界への作用""写真からアートへの拡張"を持ち合わせているものです。世界を流動的なものとして捉え、テクノロジーやメディア環境による不安定な状況を、世界に対する解釈の可能性が拡張されたと考えているかどうかが非常に重要です」


現代写真が、他のアートと大きく異なっているのは、現実世界によりダイレクトにコネクト可能な場所にさらされていること。

そしてデジタルテクノロジーやオンラインメディアの進展と結びついていること。

などが、挙げられる。

例えストレートフォトやもっと絞ってドキュメンタリーフォトであれ、つねにヴァージョンアップ、アップデイト無しには前に進めない。

「真実」の意味が、刻々変化して行くからだ。

小山泰介の認識には、その変化へのダイブが明確に意識されていることが重要だ。

 

もう一つ別の事例を見てみよう。

 

それは僕が、東アジア文化都市2017の連携プログラム(サテライト企画)として、深井佐和子(G/P galleryディレクター)と共同キュレーションした女性写真家展「calling/re- calling わたしは生まれなおしている」(京都造形芸大智勇舘ギャラリーで開催)である。

 

日本、中国、韓国をふくむ東アジア地域は隣接しているがゆえに生まれ続けている、親愛と憎悪の関係史を背景に持つ。

この展覧会も、北朝鮮とアメリカが引き起こした「準・有事」、ある意味で「戦前」と呼んでいい事態の中で、展示とシンポジウムを行うことが、極めて写真にとり重要だと意識してのことである。

 

本稿を書いている2017年10月16日は、「外交的な解決の努力を続ける」と言いながらも、米朝互いが歩み寄るわけでもなく、米韓両海軍の、かつてない大規模な合同演習が実施されている。北朝鮮への圧力のために、米海軍の原子力空母ロナルド・レーガン原子力潜水艦ミシガンなど40以上の艦艇が参加、戦略兵器も次々に朝鮮半島に集結している。一方で韓国の東亜日報は、北朝鮮の3、4カ所で、ミサイルの移動式発射台が移動するのを偵察衛星がとらえたと報道。中距離弾道ミサイル「火星12」、大陸間弾道ミサイル「火星14」などが用意され、グアム近海への発射が予告されているのだ。

日本にも当然ながら、日増しに不穏な空気が色濃く漂っている。

 

3人の日中韓フォトアーティストは、皆女性である。

細倉真弓は1979年生まれ、近年香港、台湾などでも滞在制作を行い、ヨーロッパを中心に国際的な評価を確立している。若者男女のヌードと鉱物や植物被写体と組み合わせは、多くのファンを持つ。

イナ・ジャンは1982年韓国生まれで、現在NY在住。ニューヨークでファッション写真の修士を取得。

シャオイ・チェン 陈萧伊は、1992年四川省生まれで、現在成都市在住。ロンドンLCCにて写真修士を取得し、2015年に三影堂 写 真賞を受賞。2017年にはフォーブス誌が選ぶアジアの30歳以下のアーティスト30人に選出された。

 

アートにボーダーはない、と言う人がいるが事態はそんな簡単には行かない。「東洋的な身体性」を共通に持ちながらも、それぞれの立場からの歴史(第2次世界大戦)、支配体制と思想、経済動向など、全てはコンフリクトな状況にある。また、それぞれの社会が生み出した異なる女性への抑圧形態がある。

アートや写真がそこから無縁で、能天気でいられるわけがない。

しかし、彼女たちの経歴を見てわかるように、彼女たちは国境をこえ、古い「写真」に囚われることなく、横断的に活動している。彼女たちは、しなやかに様々なボーダーをかいくぐって生きているのである。

 

写真展を実施するにあたり、ネットを通じて日常的に会話をする過程が重要だと考えた。

例えそれが、ズレをはらんだエコーだとしても。

(以下の3人の発言は、その時のレスからの抜粋である)

 

イナ・ジャンは古い写真の考えてには全くとらわれてはいない。写真はそのメディアが誕生した時から、客観的な現実ではありえない。「その相容れなさ」が面白い理由なのだと語る。

 

「だから、私の作品の「現実」は探求したいという欲望に依っています。出来上がった写真そのものよりも写真を生むという行為が私のリアリティについて多く語っていると思います。写真は私にとって現実の鏡ではありえない。むしろ現実ーある場所にいること、感情、直面する知的な問題ーからの逃げ道と言えるでしょう。有機的な意味で、写真は現実を探求するための道具のようなものです」

 

写真は現実を写した鏡ではなくて、ある種の逃げ道。しかし、それは逃避というより現実探求の道具なのだ。イナは、様々な作品をつくるが、若い女性のポートレートを撮りそのデータを被写体に戻し、自分を「可愛く」修正できるアプリで加工させ、それを作品化した作品がある。また、日本のグラビアヌードを複写加工した作品も発表している。また彼女は、トランプ政権下における女性蔑視問題が引き起こした、女性たちの新たなフェミニズムへの共感がある。

 

中国のシャオイのおかれている状況は、3人の中で、最も抑圧的だ。日々、情報と表現が徹底した検閲下に置かれている中で制作が続けられている。しかし、彼女はコンセプチュアルアートの知覚戦略や、写真機を使わずスキャナーで制作するなど、全く西欧と同時的なコンテンポラリー性を明確に取得している。

 

「マクロとミクロの境界を混乱させ、観客に現実を経験を覆させる意図でした。これまで長年探求してきた結果、リアルとバーチャルなイメージは私にとって対称物だという結論に達しました。相反するような知覚的体験の数々が、「洞窟」の中を自由に出入りしていても、つまり結局はそれらは本質的には同じものだ、ということです。ゆえに私は現実にフィンタジーを求めず、現実をイリュージョンとしとして作品で表現するのです」

 

シャオイにおいても、現実を切り取り「真実」とするというリアリティは、彼女の写真にはない。もう一つの現実として写真を生成させること。

 

「写真の平面的な見え方を、さらに多様な知覚に訴えかけようと試みています。また、日常生活と時間の亀裂を経験してからは、自分自身のための「洞窟」を生み出す機会として現実に切り込んでいます。いまだに解決しない壁の真ん中に立ち、溢れ出る知覚を少しでも手にいれるために、2つの空間が交差する場所を追い求めているのです。今では私の作品は、現実と幻想の間での混乱を引き起こそうとするものではありません。むしろ、未知なる空虚から生まれる絶え間無き、そして定まることの無いエコーのようなものを、捕らえようとしているのです」

 

細倉真弓は日本の90年代に起こった「ガーリーフォトブーム(その中心にはヒロミックス長島有里枝蜷川実花らがいた)の、「はっきりと後」にやって来た。そして、写真がもはや「自分探し」や「関係」を確認するためのものではない、という方向に自分の写真を発展させて行った。

 

「写真に限らず全てのデジタルデータがそうであるように、再生されるデータがあればそれを再生するデバイスはなんでも良くて、その度ごとに形を少しずつ変えては変奏される核、実質がある。
いわゆる写真のマテリアリティみたいなのって、印画紙のそれとかフィルムのそれであって、写真(実質)そのものの物質性って仮想で、デジタルデータあるいは写真の尊さはその再生の一回性、同じ楽譜を何度も弾くようなその度ごとの一回性にあるのではと最近思っている。そしてその核をどうやって再生するかというその一点が作家のリアリティそのものなんじゃないかと。あるいは印画紙やラップトップなどあらゆるデバイスで再生されるデータは仮想であると同時に現実そのもので、現実と仮想空間は対立するものではなくて地続きで、イメージはいろんなデバイス(人間含む)の往還の中でナチュラルに加工、変化、劣化、高次元化されていくのでそのデバイス間の往復運動にリアリティがあると思う」

 

写真は、「ここ」で「それ」が不可逆的に一回だけ起こったということを所有したい、と思うことに支えられている。細倉が自分が写真という手段を選択した理由としてそのことを告白する。

しかし。と同時に、もはや写真は少し前まであった写真とは随分と異なったものになって行く。

細倉の発言にも作品にも、単なる美学的な陶酔に溺れない分裂やジレンマが感じられるのだ。

 

苛烈な事態の中で、現代写真はこれからどのように、加速的にミューテーションを引き起こしていくのだろうか。