コンテンポラリーアート虎の巻

コンテンポラリーアート論

22絵画は写真との対立を乗り越えて、どこに向かっていくのだろう?

人は視覚的イメージを、そのまま、劣化させることなく記憶できない。絵画の発生も、写真という欲望も、ともにルーツは同じだ。

確かに絵画と写真は、仲良く並走しているかのごとく装ってきたが、実は人間とアンドロイドほど違っていると、暴露されるようになった。

写真をもとに絵画をつくることは、写真が誕生した時から始まっている。しかし、ただ写真を使った絵画の歴史をなぞるだけでは、まるで意味はないだろう。

そこにおいて、どのような変換、変成がおこなわれてきたかを考えなければならない。

 

アジェたち写真家は、ユトリロのような、写真をもとに絵を描く画家の注文として写真を撮っていた。また、ドガのように「動き」を写真によって学習しようとした者もいた。また、写真が誕生することにより、印象派の人々(そして後期のスーラやドローネに至る光学の意識化)はもちろん、そのリバウンドとして、肉眼で捉えた世界として絵画を発展させようとした者たちもいる。彼らが意図した「デフォルメ」という問題は、カメラという機械の目が捉えた「正確さ」とは別の意識や、感覚としての「正確さ」「リアル」への戦略化であった。

写真を下敷きにしつつ、「歪形」による強度を生成したフランシス・ベーコンのことについて語ることも、必須である。

絵画と写真の交互関係、共犯関係、上下関係は、実にラディカルな問題であるにも関わらず、徹底しては言及されてこなかった。


2007年にロンドンのヘイワード・ギャラリーで行なわれた『The Painting of Modern Life』は、絵画と写真の単純で厄介な問いを、見事に実に展覧会化したものであった。

ウォーホルにはじまり、リヒター、デュマス、タイマンスはもちろん、ゲルシュ、モーリー、ホックニー、ハミルトンなどの作品群、そしてサスナールまでそろえるというコンテンポラリー・ペインティングのラインナップ。

あくまで作品をして語らせることこそが重要だという、キュレイションの明確な態度が見事であった。絵画作品と、もとになった写真が並置されていたが、絵画と写真の問題が「解かれている」わけではなく、絵画と写真の問題が「提示」されていた。

カタログには、出展作家たちの写真に対する発言が調べられ、引用されていた。

その中から、興味深いものを訳出しながら話をすすめたい。

たとえば、ウォーホルはこう語っている。

 

「僕はランダムにイメージを選ばない。取り除いて、注意深くセレクトする。ペインティングのためのイメージは、すべて何らかの形でメディアを通して見たもの、“メディア・イメージ”なんだ。ルポルタージュフォトや古い本たちからのイメージ。僕はメディアを変化させないし、僕のアートとメディアを区別したりなんかもしない。自分の作品のために、メディアを通すことでリピートしただけだ。僕はメディアがアートだと信じるね。だれもメディアから逃げられない。メディアはすべての人に影響を与える。メディアはすごく強力な武器なんだよ。僕がフォト・シルクスクリーンを始めたのは、お金をペインティングした時だ。お金を描いてみると、あまりにもドローイングだったので、ピンとこなかった。誰かがシルクスクリーンでやってみればと言ったので……」

 

絵画と写真の差異を決定づけているのは、写真が雑誌や広告において、メディアそのものとして大量に流布し、人々の中の意識化にまでおよぶほど機能してしまったという宿命だ。

写真はイメージの消費戦争に駆り出され、絵画はそれを見て城に閉じこもった。

しかしウォーホルは、アート(絵画)の城を守るのではなく、逆に積極的に流入を受け入れることで力が得られると気づく。これはポップアートの発生と関係する重要な革命的なパラダイム・シフトだ。

 

ウォーホルは、手で描く場合であってもイメージは写真からピックアップするし、いやそれ以上に、機械的にメディアを通す方がしっくりくると告白する。

しかし、ウォーホルと同様に「ポップアート」というカテゴリーで語られてきたホックニーは、別の感覚を吐露している。真逆だ。ベンヤミンが生きていたらポップアートにおけるアウラ論を書いて面白がったろう。


「あなたは写真(ピクチャーズ)を撮り始める時、光に強く気がつくことになる。私は、光がピクチャーのエッセンスだと発見した。つまり、光なしには、ピクチャーは存在しない。この発見は、私のペインティングにおいて写真との共生関係が形成されることになったと思う。1968年からは、はっきりと写真を使うようになった。そして1972年頃から、写真に忠実なたくさんのペインティングをつくった。私のペインティングにおける課題は、つねに、ナチュラリズムとしての絵だということだ。つまり、私は決して、カラースライドをキャンバスにあてて描いたりしない。つまり、フォトリアリストのようには写真を使わなかった。そこまでしなくても、私は十分に描けるからね。自分の記憶を揺り動かすための、また、ディテールを思い出すために写真を利用する。類似はアンリアル、つまり嘘のようなものなのだ」


ホックニーの場合における写真は、光の意識、記憶の素材としてあり、彼は写真のメディア性には魂を売り渡さない。ユトリロからベーコンにいたる絵画的強度の生成を狙うペインターに属している(面白いことにホックニーは、ポラロイドなどを使ったパノラミックな「写真作品」もつくるが、その場合はピクチャー化するのではなく、写真に隠されている写真の可能性を引き出すように使っている。ホックニーは、凡百の写真家をこえるメタ写真家なのである)。


「写真が絵画に変換される時に、そこで何が起こっているのか」という問題。

 

ユトリロでも、フォトリアリズムでも、ベーコンやリヒターでもよいが、絵画(ピクチャー)が袋小路に入りこんでしまった時、写真は絵画を死滅させるのではなく、絵画にヒントやメタ化、思考のディメンションのシフトを与え、延命・発展させる道を生み出した。

ウォーホルとホックニーの間には、あきらかに写真に対する戦略に差がある。しかし重要なのは、写真が絵画を気楽にしてくれている、開放感を与えているということだ。写真が絵画の隘路や暑苦しい表現や主体というもの、つまり、「小さな私」から絵画を解き放ってくれる契機になっていることは、バカみたいな意見に思われるかもしれないが、本質的な出来事なのだ。

フォトリアリズムのフリッツ・ゲルシュでさえ、

 

「写真を使って、私の感情から自分を解放した経験はとても重要でした」と告白している。

 

ペインターたちが「絵画」という大きな歴史から自らを解放する上で、写真が大きな役割を果たすことになったというパラドックスは、もっと評価されてよいだろう。

しかも、アートがサバイブしていく時、写真はペインティングについて大きな力を与えることになる。それは、「イメージ」ということについてである。多くのフォトリアリストが写真を、ただペインティング素材としたのに対し、別の回路を発明できた者がいる。

 

リチャード・ハミルトンは、その長いアーティスト活動の中で、抽象、写真、ポップアート、具象画とさまざまに変容を見せてきた。彼の発言は注目に値する。


「50年代の半ばまでは、他の素晴らしい画家のように、アブストラクト・ペインティングを制作していたんだ。そのあと、人物画に戻った。本物の風景や人物を描くのではなく、雑誌の切り抜きとか使ってね。本物の世界と直接コンタクトするのは必要ないし、雑誌やヴィジュアルメディアはたくさんの刺激を与えてくれる。50年代に、我々は巨大なヴィジュアル・マトリックスを通し、一瞬のうちに世界中を見ることができるという可能性に気づいたんだ……。写真が私をひきつけてやまない理由は、写真のイメージがもつ、文脈をほのめかす力なんだ……」

 

「ヴィジュアル・マトリックス」「文脈をほのめかす力」。ハミルトンの思考には、視覚の生成だけに心を捕らえられた画家にはできないジャンプがある。

彼は、我々がイメージという渦の中にいて、それがあたかも自然環境であるかのように暮らすようになったこと。絵画はイメージのマトリックスとインデックスの関係になったことをハミルトンは気がついたのだ。これは、ある意味でイメージのレディメイド化であり、ハミルトンをのネットアートのフロンティアと呼んでもよいぐらいだ。


どのようなインデックスとして写真イメージから絵画を変成させるのか。リヒターはそれをやっていると僕は思う。彼は画家だが、メタアーティストとして実に戦略的に写真を扱える。素材としても写真を多く使うし、またダイレクトな写真や、写真とペインティングを同居させた「オイン・オン・フォト」も作り出す。

面白いのは、彼が写真を絵画をつくるための素材として捉えているのではなく、ウォーホルが機械的シルクスクリーンで行ったことを、わざと絵画的に手で行なっているということ。こう書くとまるでフォトリアリズムではないかと思う人がいるかもしれないが、真逆だ。

リヒターの発言を読んで欲しい。


「私にとって写真は、美術史よりも、もっと自分自身と関係深いものだ。写真は、我々の現在のリアリティのイメージなのです。そして写真は、リアリティの代わりではなく、リアリティにたどり着こうとする時に、助けてくれる杖のようなものです。ポストカードをコピーしたり、奇妙なこと、ばかげたこと、好きなようにペイントできる自由が、写真とつながっているのです。色、コンポジション、空間のような、ペインティングにおいて重要だと考えられているものや、私たちがすでに知っていることは、アートにおいて優先的なことでもないし、必要なものでもありません。私の今の生を、そして私に関係しているものを写し出してくれる写真を探すのです。私は主に白黒で撮影します。モノクロの方が、カラーより効果的に、ダイレクトに、そして非芸術的に、そして明確にものを表現することができるから。これが私がアマチュアによる家族写真や凡庸なスナップを選んでいる理由です。……ペイントされてしまうとイメージは、それがもっていた具体的な状況を伝えることができず、表現は不合理的になっていく。つまり、ペインティングそのものの意味、情報、中身が変質していくのです。私は写真を真似しようとしているのではなく、写真をつくろうとしているのです。写真がただ“露出しただけの紙”という仮定を無視すれば、私はちがった意味で写真を実践しているのです」


リヒターは、恐ろしく面白い。彼はハミルトンがいうように社会のイメージ・マトリックスから写真を選ぶ。好き嫌いをこえて。

ベンジャミン・ブクローがリヒターに「モチーフを無作為にとりあげることによって、絵画の内容も否定した」と発言したのに対しきっぱりと否定しこう言っている。

 

「いや、モティーフを無作為に選んだことなど、一度もない。利用できる写真をみつけるには、いつも大変な苦労をしなければならなかったんだから」

 

多くのペインターが、記憶(たとえば、ピーター・ドイグは、「私は、フォトグラフィーを記憶を映し出すものとして使っているつもりです」と直球語る)や、写真に内在する物語を増幅させようとするのに対して、リヒターは、ウォーホルと同様、非人間、非感情化のプロセスとして、つまり自分が完全に写真機化することによって、新たな次元のペインティングを得ようとしている。

リヒターの写真戦略はウォーホル的であると同時にハミルトン的なのだ。

 

ならば、徹底してコピーであろうとすることで浮かびあがるものは何なのだろうか?

例えば、ヴィヤ・セルミンズは、海だけでなく、爆撃機や爆弾を子細に描くが(リヒターも爆撃機を描いている)、彼は「レイヤー」という考えを語っている。


「私をただ床に座って、写真をコピーしているだけと思う人もいるようです。しかし、それは“もう一つのクオリティ”を生み出しているのです。機械的な行為でもなく、イメージに基づいた作品でもないのです。写真は、撮った人の主観にかわって、もう一つのレイヤーとなります。このレイヤーが距離を生み、私と作品の新たな関係を探れるようになるのです。私は戦争の写真を使いますが、私は戦争写真の表面が好きだったのです」


セルミンズの絵は、たいがい小さく、全く「本物」と見分けがつかない。近寄ってもわからないぐらいだ。見ているものは、まるで意味のないものに異常に魅きつけられて、突然恐怖にかられてしまうかもしれない。「モチーフに内在する緊張のようなもの」が体験の中に静かに浮かび上がる。セルミンズは、そのような「対象」として写真を選んでいるのだ。

 

長くなってしまったが、もう何人か、その「変質」についての告白に耳を傾けてみよう。それはハミルトンが言う「ほのめかされる文脈」と関連するだろう。

マルレーネ・デュマスとリュック・タイマンスの考え方である。


デュマスは、ポラロイドで被写体を自ら撮影し「絵画化」する。あるいは時には、新聞に掲載されているイラク戦争捕虜の写真をもとに絵画を描く。そこで行なわれていることはいったい何なのだろう。

デュマスはこう言う。


「アートスクール時代、私はリアリティと強いつながりを持ちたい、リアルな生活を追求したいと思い、絵を描いていましたが、写真をもっともっとたくさん撮りたかった。そうすれば、リアルライフに接近できると思ったのです。イメージの曖昧さについて考えはじめた時、そしてイメージは鑑賞者の観るというプロセスを経ないと現実化されないという事実に気づいた時、ペインティングを理解し、受け入れはじめることができました。……ペインティングは単なるイメージでもないし、あるイメージを単にリプロダクトしたものでもありません。ペインティングは死体より、もともとフィジカルなもので、むしろゴーストに似ていると思います。みんなはイメージが大好きで、イメージのリプロダクションを見ているだけ。誰もペインティングなど見ていないです……」


ゴーストとしての絵画を生み出すために。

興味深いのはデュマスが、観客が実は「イメージのリプロダクションを見ているだけで、誰もペインティングなど見ていない」とその乖離について語っていることだ。イメージは、社会とのリンク、リアリティについて、暗示あるいは意味をつくる。しかし、誰もみていない。だからこそデュマスは、異物としての絵画を作ることになる。

 

タイマンスの「写真と絵画」についての考えはどうなのだろう。


「私の作品のほとんどが、デリバティブ・イメージ(すでに存在していて、そして、私がそれについて再度とり憑かれるイメージ)についてのものです。私は、イメージが完全に死ぬまで観察し、分析し尽くします。もう何も見るものがなく、代わりになるものがないと確信したのちに、ペインティングをはじめます。これはペインティングのなかでも、きわめて厳密な行為です。なぜなら、何かが完全に死ぬまで観察するのですから。私の絵は、イメージについての純粋な疑問から生まれます」


社会や歴史の中でのイメージ。そしてその死。そこから始まるのだと、タイマンスは言う。表面的なイメージの指示性とは、まるで逆のことが起きている。

彼はある時、日々家に送られてくるDMの写真を素材にしてペインティングを行なったことがある。彼にとって、そのイメージは、何ら美学的基準で選ばれたものではない。あるとすれば、資本主義世界に舞う通俗的なイメージ、凡庸さのサンプリングである。

しかし彼はそれをアイロニカルには描かない。

ポップアートのようなアイコン化もしない。


「イメージを理解する上での疑いだけではなく、制作する過程の中でも疑いは発生します。おそらくこれは、新しいことであり“コンテンポラリー”としてとらえられることでしょう。私は、具体的なイメージを描くので、すでに存在する表現そのものを表現しているとみなされやすいのですが、一方でこれは、表現されたイメージを再構成した要素が絵の中にもちこまれているということです。これは、今までとは全く別なペインティングなのです。ただのヒストリー・ペインティングではなく、歴史は異なるという事実を気づかせることなのです」


タイマンスが写真を使い絵画で行なっていることは、きわめて批評的だ。そして「イメージ」と「絵画」に横たわる「なれあい」を切断する。そして同時に、「写真」の完成度に対して「絵画」の優位性をも強調する。


「写真は流動性を含んでいず、“瞬間”というものから離れることができないのです。……ペインティングは、さまざまな角度からアイデアにアプローチし、イメージを深く理解可能です。これは写真とは違ったメディアであり、タイムスケールなのです。そして脳の中でブレンドされたような、深く認識されたイメージを生み出します。それは自分が記憶したイメージや、記憶を再構築したものを含んでいます。つまり、記憶には必ず何かが欠けています。この不完成さが、ペイントを成立させるのです」


これらの発言でもわかるように、タイマンスは、写真がもちこむ世界のマトリックスとしてのイメージを、徹底的にチェックし、絵画化する。しかし、同時に、現在の世界でいかにすれば、「絵画」が有効たりえるかということについても、きわめてラディカルなのだ。

表現というメタ化、そして同時に展開する厳密な「未完成感」。タイマンスの絵の大半は小品だが、その小さな絵が、この現実世界に対し行い得る逆襲を感じさせる。

 

写真は今やコンテンポラリー・ペインティングにとってはなくてはならないものになってしまった(のだろうか?)。

 

つづいて、いよいよ写真について考える。