コンテンポラリーアート虎の巻

コンテンポラリーアート論

8続々編 その3 お金で買えない「価値」とアートについて

飽和。逃走すべき秘境はなく、買いたいと思う商品も減り、世界やネットに溢れるイメージは既視感をおびている。資本主義は袋小路に突き当たった。これは僕だけの実感ではないだろう。飽和は急速に様々な分野で、機能不全の症候をひきおこしている。

その一方で、ミクロな「隙間」や「局所」でオルタナティブな可能性の追求が多発している。生命現象はタフだ。不可能性の中に、それがたとえ虚のイリュージョンであるとわかっていても、想像力で「バイパス」を捏造するのである。

しかしアートワールド帝国は、強力で怪物的なイノベーティブな力を進化させている。キャスティリの時代が、古き良き時代と思えるほどだ。

世界最強のコンテンポラリーギャラリーであるガゴシアン・ギャラリーは、主要都市15に店をかまえ、経済のグローバリゼーションによって非対称的に生まれる富裕層に、高額のアートを売る。年間売り上げも1000億円を超える。プライマリーとセカンダリーの合わせ技に加え、ラリー・ガゴシアン自身がアートコレクターであり、オークションにおいても強力なプレイヤーなのである。しかしガゴシアンの凄いところは、徹底的に市場価値のあるアーティストをセレクトすること(近代絵画からニューヨーク・スクールはもちろんダミアン・ハースト村上隆など)、そして戦略的なキュレーション(ハイパー資本主義的な)を組みセールスを行うこと。売れるようになったアーティストを強引に引き抜くこともしばしばだ。その戦略は「アートグッズ」開発にもおよび、ブックス、エディション、ポスター、プリント、デザインをセールスする単独のショップも出店している。

多国的展開をしているグローバルギャラリーは、ペース・ギャラリーやイヴァン・ヴィルト、デイビッド・ツヴィルナーなどいくつもあるが、それと比べても資本主義的な戦略に抜きん出ている。

 

確かに自分が生きている間に、成功したアーティストになりたいなら、いかにして、これらのグローバルコマーシャルギャラリーに属することができるのか、その作戦を考えなければならないのかもしれない。いや彼らにケンカを売るほどのアンチな批評性と圧倒的な制作力で、エスタブリッシュする道も、不可能ではない。帝国にも必ず弱点があるし、ハックすることだって出来るかもしれない。帝国を前に、無力な奴隷根性こそ、最低の選択でしかない。

もう少し考えてみよう。

戦略的なミュージシャンがやるように、自分自身のレーベルをもち、必要に応じて大手レコード会社と組むような選択もある。これは二択ではなく、オルタナティブな戦略の1つだ。アンディ・ウォーホルパラダイム・シフトというべき発明はいくつもあるが、「ファクトリー」は初期オルタナティブ・モデルかもしれない。それが発想のモデルとなり、村上隆Kaikai Kiki名和晃平のsandwich、オラファー・エリアソンのStudio Olafur Eliassonなどが生まれたと言っても過言ではないからだ。それらは、今や単なる工房ではなく、作品セールスを委託するギャラリーからは独立した組織として、様々なプロジェクトを自由自在にコントロールするクリエイティブ・プラットホームとして進化している。

 

ここで話しを転調させよう。別の「価値」観のことに。

例をあげよう。

 

もしあなたが親友の誕生日のお祝いの会に招かれたのに、一銭も無く、なにもプレゼントが買えなかったら、どうするか?

気持ちを伝えるのに、いつから僕らは「贈り物」を「お金」で買って表現するようになったのだろう?

あなたがアーティストなら、

その人のために自作の詩を読む。

自作の歌を歌う。

その場でその人の、肖像をかいてもよいだろう。

ここにあるのは、「金で買えないモノ」だ。

交換そして交歓。

そのようなイマジネーションから、コンテンポラリーアートは生成できないのか?

無力なのか?

 

 ガコシアンに代表される「産業的」な「価値」生成が、アートにおいて、今やオールマイティなどであるはずがない。飽和の中においては、時空はカオス化していて、「成功」のヴィジョンも「右上がり経済」や「出世」「成り上がり」とは随分異なっている。

1998年という20世紀から21世紀というタイミングで世に問われたニコラ・ブリオーの『関係性の美学』が、論文というよりエッセイであるにもかかわらずジワジワと影響力あたえたのも、飽和からのバイパス探しに適応したからだ。そして転調を行いながら2009年のテート・トリエンナーレで打ち出されたのが「オルターモダン」というキュレトリアル・ディスコースであった。2014年の台北ビエンナーレでは「アントロポセン(人新世)」をキーワードに「速度」をテーマにもってくるなど、アカデミックというよりキャッチャーだと批判されがちなブリオーだが、時代を読む力量は実践的で、すぐれている。彼の横断的で、逃走的な、一時的で旅人的な知性のあり方、関係の作り方は、確実に多くのアーティストにアイデアを与えたと思う。

ブリオーの、ある意味で軽い『関係性の美学』のヴィジョンがなければ、2003年の第50回ベニスビエンナーレにおけるキュレトリアル・プロジェクト「UTOPIA STATION」も実現しなかったろう。ミレニアムをこえて我々を待ち構えていたのは2001年の911という戦争とテロリズムの「新世紀」であり、期待と失望のカオスが蔓延しいく最中であった。

2003年のベニスのディレクターはフランチェスコ・ボナミだったが、彼は「dreams and conflict」をキュレトリアル・ディスコースとするだけでなく、複数のコ・ディレクターをたてアルセナーレの会場において多角的で様々な再編の試みを行なった(ちなみにジャルディーニの日本館のキュレーターは長谷川裕子で、アーティストは小谷元彦と曽根裕で、カオティックな魅力があったのをよく覚えている)。「UTOPIA STATION」は、ラディカルな批評家であるモーリー・ネズビットとキュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリスト、アーティストのリクリット・ティラワニの3人の合同企画で(キュレーションにはリアム・ギリックも参加)、2002年からプロジェクトをスタートさせ、ニューヨークやフランクフルトなど様々な都市でも実施。それこそ「旅人」のように移動するアートプロジェクトとして構想されていて、2003年の時には、ベニスビエンナーレに寄生するような形で開催されたのだ。

60人ものアーティストが現場に参加し、ポスターなどの形で100人が参加した「ステーション」は、仮設のブースやスタイルもバラバラでぐしゃぐしゃな展示台の集合体で、そこではある種の「Exchange交換」が企てられているように見えた。売り物になるような形態の「作品」は、ほとんどなかったような印象しかない。

戦争とテロリズムグローバル資本主義の嵐の中で、泡のように見えるが、ある種のアジールの生成がアートの立場を活用し、ビエンナーレの会場をハックして、夢みられているのだ。

ユートピアとは、どこにもない場所。トマス・モアが発見したこのヴィジョンは人間の心を捉えつづけている。改めて言うまでもなく、20世紀は見事に人類が考えたユートピアは、見事に破綻し悲劇を生んだ。国家社会主義ドイツ労働党ナチスは、全世界を戦争に巻き込み、一方コミュニズムの発展形は、プロレタリアートの天国とはならず、ソビエト、中国、カンボジアなどで大量粛清が行われた。哲学者のテオドル・アドルノは「アウシュビッツの後で詩を書くことは野蛮である」と言ったが、まさに安穏と表現にうつつを抜かすなど出来ない宿痾を人間は、背負うことになってしまった。

ユートピア失敗は、現代人のイマジネーションの失敗を突きつける。もう美の謳歌など犯罪的だし、全ての日常は「政治性」の枷がかけられている。我々の幸福は、侵略や戦争、誰かへの搾取と抑圧の上になりたっているという「政治性」をはっきりと認識しなければならない。

このようなリアルな状況において、アートワールドを1つのアジール、実験場とし、不可能性に満ちたユートピアを、「ありえたかもしれないユートピア」に変換すること。

「UTOPIA STATION」というプロジェクトは、パーマネントなものではない。生まれては消え、作用するものとしてコンテンポラリーアートをとらえている。

どのような作用か?

それは交換である。

近代社会の成立時においては、様々な社会形態が実験され淘汰されていった。まるで進化生物学者のスティーブン・J・グールドが描く世界のようだ。

民主自由主義陣営とコミュニズム陣営の成立以前には、アナキズムやアソシエーション組合主義や空想社会主義などが乱立した。

バクーニンクロポトキンプルードン、サン=シモン、フーリエらは、今からすれば「お金」や「労働力商品」「余剰」「物神化」に対して、オルタナティブな道を発明しようとした。彼らは途中で政争に敗れ失脚し、歴史のゴミ箱に敗者として放り投げられたが近年、この資本主義や政治の飽和と、インターネットによる創発性、アナーキーなレジスト、コミュニティ形成によって、彼らのヴィジョンが再編、再生、新生をとげ始めている。ことは極めて重要でここにアートと「価値」をめぐるヒントが詰まっていると思う。アーティスト達によるスクワッターやオキュパイ、あるいはハキム・ベイが説いたTAZ(Temporary Autonomous Zone)もあわせて参考にすべきだろう(あるいは2011年からスタートした、トルコのイスタンブーとアンカラを拠点とするネットワーク型のSALTの動きも、ノンプロフィットなアート活動として注目したい)。

 

さて、この章をしめくくるにあたって、きわめてエクストリームで極端な「交換価値」についての事例を述べておきたい。それは文学者ピエール・クロソウスキーの本『生きた貨幣』だ。

興味のある人はAmazonで検索してかってみたらいい。手に取ったらなんとも「不穏」な気分に襲われるにちがいない。全編にわたって経済学風の難解な文章が連ねられているくせに、秘密クラブでのプレイを思わせる男女の睦み合いの写真が文章と同量入っているからだ。

巻頭には1970年にミシェル・フーコーからきた書簡が収められている。この本は「欲望と価値とシミュラークル」の三角形こそが、何世紀も前から我々を支配してきたものだと書かれる。フーコーはこの本を「息をきらせるほど」興奮して読み、「私たちの時代のもっとも偉大な本」だと絶賛する。

クロソウスキーこそは、バルテュスの兄であり、あの2001年に96歳で死んだ人物であり、バタイユの友人にして『わが隣人サド』『ディアーナの水浴』『ロベルトは今夜』などの作品を書いた。彼はこう書く。

「あきらかに不可能なひとつの退行を一瞬想像していただきたい。つまり、産業社会のある段階で、生産者たちが消費者たちに、支払いのかわりとして、感覚の対象物を要求することができたらどうかということを。その場合の対象物とは、生きた人間である」

女も男も、自らを生きた貨幣として支払う経済。彼はサドとフーリエの思想を軸に、社会システムの可能性を考察するのだ。フーリエは、ファランステールと彼が名付けた共同体においては、「あらゆる財の共有化を、情欲の生きた対象にまで拡大しようとしたもの」だった。クロソウスキーが自問自答風に書いている言葉が印象的だ。

 

「与えることによって、小さくなるのではなく、大きくなるということは、どのようにして可能なのか」

 

これはコンテンポラリーアートに与えられた、大きな問いではなかろうか?

 

次回第9回目は、コンテンポラリーアートにおける「反復するゼロ点」について語ります。