コンテンポラリーアート虎の巻

コンテンポラリーアート論

3コンテンポラリーアートの思考法について

のっけからペインターの人たちには辛口かもしれない。

「画家のように愚か、とは19世紀後半のフランスで用いられた言い回しだが、ほんとおにそのとおりだ。目で見たものを描くだけの画家は愚かしい」

これは卓抜な評伝を書いた、カルヴィン・トムキンスの『マルセル・デュシャン』に出てくるデュシャンの発言だ。トムキンスは、美術評論家ではないが卓抜したライターであり、「神話」にまみれていたデュシャンの素顔をみごとに描いた(トムキンスには『ザ・シーン  ポストモダンアート』という1960年代のNYアートシーンを取材したノンフィクションもあり、これも秀逸)。

「なぜ絵をやめたのか」と問うトムキンスの質問に答えてデュシャンはこう言う。

「わたしは非・美術家になったのですよ。反・美術家とはちがう、、、反・美術家は無神論者に似ている---かたくなに否定するわけだね。わたしは美術に価値があるとは思わない。今の世の中で大切なのは科学ですよ。ロケットが月までいくようになったのだから、当然ひとだって月に行くだろう。家にいて、月に行く夢を見ている時代ではない。美術は不要になった夢みたいなものさ」椅子の背にもたれて葉巻を吸い、ヴェルモットを啜りながらデュシャンは、抽象表現主義の画家たちを「網膜系」の画家としてあっさりしりぞけこう言う。

「曲芸、カンヴァスに飛び散った染み」と切って捨てる。トムキンスが日々どんな暮らしをしているのかとデュシャンに探りをいれても

「生まれてこのかた、あまり金をつかわずこれたから、、、なにをしているかとたずねられても答えようがない。呼吸者かな。息をするのはわたしにとっておおいによろこびだね」と全く煙にまかれてしまう。

反・美術家ではなく、非・美術家。呼吸者。

不真面目すれすれ。こんな答えを軽妙にする「アーティスト」の前では、サー・ゴンブリッチの本も、全く賞味期限切れだ。全く役にたたない。デュシャンが「網膜系」と言っているのは画家ギュスターヴ・クールベによってマックスなところまで来た「視覚プレイ」絵画の限界のことだ。

彼は絵の話しどころか、美術でもないという。

別世界。もう驚くほどルールが違うのだ。

 

デュシャンほど巧みに脱出し続けた人もいない。「非・美術」というのはダダから彼が会得したものだが、彼はダダからも見事に距離をおき、独りだった。

こんなデュシャンがなぜ美術史をひっくり返し、新たなルールを作り得たか。前章で書いたようにデュシャンは「頭脳プレイ」へのシフトを初めて行ったからだ。もっとも重要なのは、1917年ちょうど今からジャスト100年前に彼が発見し名付けた「レディメイド」(便器作品「泉」)。すでに作られたものを選び、サインをして自分の「作品」にする。デュシャンも「レディメイド」の定義にはてこずるが、「自分に興味がない物」に落ち着く。趣味嗜好、意味無意味、美学非美学そのどちらをも否定し、違う視点で選ばれたモノ。

 

デュシャンの態度にニューヨークのアーティストたちがインスパイアされる。例えばジャスパー・ジョーンズだ。トムキンスは本の中で発言をとりあげている。

「美術家が作品の美的価値を完全に支配しないこと、価値判断は作者以外の人によって左右されることを最初にきづき、それを口にしたのはデュシャンだった」

ジョーンズのような、あからさまなデュシャンからの影響とまでは言わないにしても、このほとんど無為と思われていた現代美術の隠者は、周りのアーティストたちに大きな影響を与える(のちの1960年代には、「コンセプチュアル・アート」という動きすら発生する)。デュシャン自身はポップアートの商業主義的な側面が好きではなかったようだが、ウォーホルの作品には、キャンベル・スープの缶詰を50回描けば網膜的な興味は失せてしまう。その発想がいいと言う。レディメイドのもつ「退屈さ」である。

ともあれ、デュシャンは過去の美術史を否定しただけでなく、それを破壊する反・美術も否定した態度をとった。現在のコンテンポラリーアートを支えている「自由」へのシフトはここから来ている。デュシャンは神格化されたこともあったが、いまは相対化されている。なぜなら彼がとったアートをゼロにもどす、つまり非・美術的な「思考法」すらも、アートワールドでは反復化、常識化されてしまっているからだ。おまけにデュシャンは、ピカソのようなモデルではまったくない。デュシャンを目指し、デュシャンをこえるなんてことが、発想として間違っている。ルールは瞬く間に、ヴァージョンアップされ、上書きされていく。どうすれば、アートが生み出せるアタマの使い方ができるようになるのだろう?

 今は?

いきなり話が飛ぶが、現在のコンテンポラリーアートシーンを、最もダイナミックにプレイするキュレーターであるハンス・ウルリッヒ・オブリストの話をしたい。彼の視点に、現在の「アートワールド」の暫定ルールがよく表れていると思うからだ。彼のキュレーターとしての辣腕ぶりはあとでたっぷり書くからここでは省く。

彼は単に「展覧会屋」ではなく、さまざまな多様な文化的戦略を身につけている。その1つの重要な柱に、アーティストへのインタビューがある。ケルンの出版社ケーニヒからでている『conversation』のシリーズは彼のアタマの中を知る上で実に面白い。まずは30人近いアーティストラインナップのチョイス。3タイプある。アメリカのパイオニアであるジョン・チェンバレンやナンシー・スペロ、あるいはアートストストライキを提唱した破壊主義者グスタフ・メッガー、コンセプチュアル・アートストのジョン・バルデッサリやオノヨーコ、つまり生き残って最長老となった巨匠。そしてこれが重要なのだがオブリストと同様の1960年代生まれのアーティストたち。YBA出身のタシタ・ディーン、鬼才マシュー・バーニー、写真のティルマンスやトマス・デマンド、インスタレーションのフィリップ・パレーノ、ドミニク・ゴンザレス・フォルステル、オラファー・エリアソンなどなど。彼らは1990年代にデビューし、ゼロ年代の国際芸術祭にひっぱりだこになった連中だ。彼らこそ現在のアートワールドのメインプレイヤーと言ってよい。そして3つ目の人々は、建築家。これはアートの外の人々、非・アートの住人たちである。空中建築のヨナ・フリードマンやこれもアヴァンギャルド建築の鬼才セドリック・プライス、あとはオブリストと近い戦略性をもつレム・コールハース妹島和世。すぐに気がつくのは人選自体がキュレーションされていること。YBAで60年代生でもダミアン・ハーストやトレイシーでもエミンははいってない。コンセプチュアル・アートでもコスースは入ってない。ペインターも少ない。戦略は2つ。パイオニアたちから発想やクリエイションの秘密を伝授する、それを同世代や若いアーティストと接続する役割に立つこと。メディエーターとしてのキュレーター。オブリストが自身がキュレーターとしてかかわるイギリスのサーペンタイン・ギャラリーでメッガーやバルデッサリの大回顧展をしてたのは、ある意味で「忘れ去られがち」だった老アーティストを再発見・再生し、現代と再接続をねらうことだった(バルデッサリはハプニングやフォトペインティングを行なっていたアメリカ西海岸の巨匠であり、長く美大でも教えており、彼のもとからシンディー・シャーマンやマイク・ケリー、ジェームス・ウェリングらが輩出されている。どんな授業をやっていたんだろ。誰もが知りたいだろう)。

 

そして、さらに重要なのは造形的なアーティストではなく、それが例え非・美術的に逸脱していたとしても「ヴィジョナリー」なアーティストを選択するということだ。ヴィジョナリーというのは、例えばバックミンスター・フラーやリシツキーやブライアン・イーノのように美術という狭い枠にとらわれない宇宙観、世界観、アートと生活を繋ぐ、誇大妄想なぐらい巨大なヴィジョンをもっている「予言者」であるということ。その考えが、彼の生きている時代においては早すぎて、「実行」「実現」されなかったこともある「例外者」を指す。

このようなアーティストをとりわけ重視すること。オブリストの意図はそこにあると僕は思う。彼がパレーノやオラファーたち同世代にも、その能力を期待しているのではないか。

フィリップ・パレーノはオブリストらと、映像をめぐるショーケース「イルテンポ・デル・ポスティーノ Il Tempo del Postino 」を2007年に行い、また2009年の第40回のアートバーゼルの時に併せてバーゼルシアターでアップグレードヴァージョンを行なっている。パレーノは、ただ造形的な作品を作るアーティストでは全くない。

彼らのコンセプトは、空間ではなく時間のキュレーションだった。2007年のマンチェスターインターナショナルフェスでの「展示」は未見だが、2009年ヴァージョンは、見ることができた。それは、まさに『conversation』の60年代生まれ組が結集されたものだった。マシュー・バーニーオラファー・エリアソン、タシタ・ディーン、ドミニク・ゴンザレス・フォルステルそこに加えてダグ・エイケン、アンリ・サラ、リクリット・ティラワニ、ダグラス・ゴードンなど10数名が選抜されていた。バーゼルシアターで見た「時間のキュレーション」は、不連続なヴジュアルイメージ、演劇、ダンス、インスタレーションなどが途切れなく接続されたもの(イベントの説明によればヴジュアル・アート・オペラ)だった。

2時間半ほどの舞台は、正確な内容はつかみきれるものではなかったが、ある種の「アートの物語」が、構成されていたと思う。不可能性とロマン、時間は瞬間とワープを繰り返し、またオークショニストの早口が劇場内に木霊して悲喜劇でもあるように見えた。われわれがどのようなアートの時間の中で生きているのか、そんなことを回想させ、また未知の旅に向かわせる(劇場の外に出ると、そこにはアートバーゼルという資本主義のジャングルの迷路が広がっているのだし)。

これは「グループショー」だが特徴はハッキリしている。コンテンポラリーアートの再編集、再生が模索されているのだ。あれか、これかではなく、多様なクリエイションを関係させ接続させる、そんな戦略が「アートの思考法」になっているのである。

 

フィリップ・パレーノが2014年にパリのアートセンター、パレ・ド・トーキョーで行った個展「Anywhere, Anywhere out of the World」は、詩的であり、ロマンチックでありながら、LEDスクリーンなど最新テクノロジーを駆使した極めてスケールの大きな個展であり、実に感動的なものだった。会場には自動ピアノによるストラビンスキーの楽曲「ペトリューシカ」が流れ、気持ちを別の時空にさそってくれる。パレ・ド・トーキョーの迷路のような階段下や暗闇の中で、蛍光灯のような装置、隠し部屋、マルチスクリーンのサッカーの映像の中を、観客は迷子のように歩き回るのだ。奇妙な、宇宙の果ての場所。館のように閉じてはいず、開放系の庭のよう。それは、個別の作品を「鑑賞」するなどとは違った「体験」を観客に与えてくれる。死語のような「感動」という言葉を、思わず何度も使ってしまいたくなる衝動にかられる。

このような体験は、内容はもちろん大きくことなるが、ダグ・エイケンオラファー・エリアソン、あるいはフィオナ・タンにも共有するものである。

それを一言でいうと何だろう。

 

「未来の記憶」か。

いや、「未来は今」か。

 

未来はもはやイケイケのものではない。

様々な事象が消費され、忘却されてしまう中において、そのエントロピー増大に抗して何ができるのだろうか。

ヒステリックに様々なコンフリクトが多発する世界で、なにができるのだろう。

一枚のドローイング、一枚の写真でさえそれと無縁ではない。

今、コンテンポラリーアートの思考法は、そのようなパラダイムの中にある。

 

次回も引き続き、「アートの思考法」。

メタとマトリックスについて考えたい。