コンテンポラリーアート虎の巻

コンテンポラリーアート論

2コンテンポラリーアートに「まぐれ」はない

ファン・ゴッホは37歳の若さで死んでしまった。今から120年ほど前、1890年のことだ。自殺説が濃厚だが、生前にはほとんど絵は売れず、経済的な困窮の中で、しかし短期間のうちに膨大な量の作品を描き、まちがいなく絵画史上に残る傑作をものにした。「悲劇的な天才」と多くの人は彼のことを呼ぶ。彼の絵は現在、オークションで170億2000万円の値をつけるにいたっている(「医師ガジェの肖像」)。

 

いつどんな場所の美術館で見てもファン・ゴッホの絵は、ほかのアーティストの作品にはない磁力のようなものを感じる。激しい絵のような先入観を持つ人もいるが、実際の絵は明瞭で、静かなたたずまいをもっている。渦巻く星空や糸杉、鳥が群れる黄土色の麦畑。しかし、それらは乱暴な絵とは程遠い、精緻さでできている。その「凄さ」は、時空を超え、今も生々しい。ゴッホ美術館のような満員の美術館をさけ、チューリッヒのような静かな美術館でぜひ対面してほしいものだ。

 

このような絵の所業を、人々は「天才」とよび、あとから来たライバルたちも、先行する「天才」たちの磁力の生成術をこえようともがいた。セザンヌピカソもダリも、そして藤田嗣治長谷川利行ポロックら抽象表現主義の絵描きたちも、「天才」のみが、ありえない絵をうみだせるのだと焦り、苦しんだのだ。その「呪われた自意識」(と裏返しの無意識/シュルレアリスム)によってモダニズム近代の美術史は生み出されたと言っても過言ではない。

 

しかし、はっきりと言っておきたいが、「天才というアーティスト・モデル」「アート神話」はとっくに失効してしまっている。そんなものを目指しても虚構だ。

今活動しているアーティストたちは、「死んでから作品が評価されればいい」「金にならなくてもいい」などと本気のところ思ってなどいない。ジェフ・クーンツや村上隆ダミアン・ハーストなど、コンテンポラリーアートの「勝ち組」を自認他認する人々にとって、「アーティスト」のモデルは、ファン・ゴッホの頃とは似てもにつかぬものになっている。清貧や貧乏神話は、いまや自虐ネタか、アートの滑稽なファンタジーでしかない。

 

たとえば、2017年のベニスビエンナーレにぶつけて、世界一のアートコレクターであるフランソワ・ピノーは、自己がベニスにもつ2つの美術館、パラッツォ・グラッシとプンタ・デル・ドガーナにおいてダミアン・ハーストの個展を開催した。「treasures  from  the  wreck  of  the  unbelievable」は、2000年前にインド洋に沈んでいた船から発見され引き上げられた財宝展であり、巨大な神像が美術館に陳列されていた。それらは金に糸目をつけず工房につくらせたフェイク(ニセモノ)であり、風評ではあるが制作費に200億円以上かかっているとの情報もながれていた。まさに、これこそ資本主義アートそのもの。皮肉をこめた、金と成功の果てである。ファン・ゴッホが生きていたら、なんと絶句したことか。

 

では「アーティストになる」とは、どんなモデルをベースにすればよいのだろう。

 

まず現代のアーティストが棲む「アートワールド」とは、アートをめぐる価値のゲーム場であると捉えることが必要だ。アートは不思議な価値形態であり、単に批評的な文化価値や審美価値だけでなく、不動産や株のような経済的な価値、投機的な価値の対象にも成長し、動いていることを認めなくてはならない。おまけに、そのゲームの場は、グローバルなのだ。ローカルな日本画だから、学生だから、アマチュアだからそのルールから見逃される、なんてことはない。誰もがグローバル資本主義の吹きっさらしの荒地に置かれているのである。

つまり、アートワールドで生きるためには、そのゲームのルールを知らなければならない。早く走れるからと言ってオリンピックに出られるわけではない。喧嘩が強いからボクシングのチャンピオンになれるわけではない。

 

この第2章で一番大切なことを言っておこう。

 

それは、「コンテンポラリーアートには、まぐれは無い」ということだ。

確信犯でなければならない。

酔っ払いだって刀をめったやたらにふりまわしていて、名人に傷をおわせることがあるかもしれない。しかし、長い試合のはてに、必ず彼は倒されてしまうことは明らかだ。

勉強しようと言っているのではない。

うまくやらなくては、生き残れないということだ。

そのために、アタマを使う必要がある。

 

ゲームの「ルールブック」はどこにあるのだろう?ルールに精通しなければ、作戦が立てられない。

例えば、エルンスト・ゴンブリッチの大著『美術の物語』は名著だが、それをルールブックと再定義することは有効だ。この本の初版は1950年。16版も改稿されているとはいえ、モダン以降は書けてないし、ヴィジュアルアートしかカバー出来ていない。ヒストリーではなく「物語」だという批判や、もちろん単線的、西洋中心的な視点は、批判的にすでに乗り越えられ、もはや賞味期限切れなどという人もいる。しかし23か国以上の言語で翻訳され、何百万部も売れ、いまもペーパーバックで世界のどの美術館の売店で売られ、アートスクールの学生も読むこの本は、今こそ、改めて違う角度で読まれるべきだろう(とわいえペーパーバック版で1000ページ以上ある)。

ゴンブリッチは視覚芸術の研究所であるヴァールブルグ研究所の所長もつとめたが、イコノロジー絶対主義ではなかったし、リニアな美術史家でもなかった。表向きには、自らの好き嫌いや、批評性を持ち込まない書きぷっりに見えて、よく読むと、アートの動因が特異点的で例外者的ななアーティストの力により、美術史が動いていくというパラドックスを彼は分かっていたように読めるのだ。彼はこの本で極力、批評は避けながら書いている。しかし、アートが作られてきた文脈コンテクストを巧みに語ってみせる。

 

アーティストは自分がどんなアートの物語に接続するのか。美術のルールがどんな風に生まれ、発展してきたのか。もちろんアート、そしてコンテンポラリーアートも未だに西洋がその物語を綴っている。最低でもそのような本を読むべきだ。

 

他にもこれも古典的な本だがケネス・クラークの『絵画の見方』も同じく有効だ。クラークは、パイオニアであるバーナード・ベレンソンの弟子だが、彼らによって、どのように『名画』というルールが最初に作られたのか、という視点で再読することが有効だ。

 

絵画中心の「視覚プレイ」のルールを知るには、これらの「良書」さえ読んでおけば良い。パイオニアたちだけでよい。彼らは不整合など恐いもの知らずだ。矛盾があっても前にすすむ野蛮と知性がある。ヒントが惜しげもなくばらまかれている。彼らの弟子たちは、ルールを権威化に走ってしまい、とたんに勉強っぽくなる。現時点からルールブックを再編的な視点でよみなおすこと。ルールには必ず穴がある。ゴンブリッチの本にしてもフランシス・ベーコンまでがギリギリだ。彼らがしたことは、美術史や名画のルールを「作った」ということであり、実によくできたものといえ、作られたものでしかない。

 

20世紀のアートワールドのルールは、第2次世界大戦でアートの中心地がパリからニューヨークに移って書きかえられた。デュシャンとウォーホルによってである。それを簡潔に言えばアートのルールが「視覚プレイ」から「頭脳プレイ」にシフトしたということだ。いや、「頭脳プレイ」という新ルールが「視覚プレイ」を飲み込み、ルールが上書きされたといったほうが正しい。ウォーホルの「新しいアーティスト」モデルについては、それだけで一章書こうと思うので、ここでは、その「ルールのシフト」のことだけを書いておく。

 

例えば、4つの重要な切断がある。

1つは、不可視なインヴィジブルなもの「コンセプト」というものが支配する世界に移行したということ。

もう1つは、表現主体である「私」が中心でなくなり、「他者」が主導する世界に移行したということ。

3番目には1とも2とも関係するが、アート作品が単にアーティストの表出物ではなく、時代や社会の表出物になったということだ。

もはやアーティストは、「完全なる美」を創出するものでもなければ、生き神としての天才でもなくなってしまった。

4は、観客との相互関係で作品の価値が変わるという視点(たとえばデュシャンの「芸術係数」という考え方)。

そのような移行の背景には、2度の世界大戦やダダやアメリカを中心とする消費資本主義の台頭などのさまざまな要因があるが、ここではその説明、分析は省く。抽象表現主義と理論家クレメント・グリーンバーグのことも野蛮な判断だが、この場では省く(あとのお楽しみ)。

また、「頭脳プレイ」としてのアートが、「コンセプチュアルアート」を発明し、それがどのような生産と限界を迎えたかも、のちに詳しく述べたいと考えている。

 

ポストモダンな社会は、時空や価値の遠近法を狂わせる。コンテンポラリーアートは、まさにそのような地図や海図のない旅をしなくてはならない状況において、クリエーションを行わなくてはならなくなっている。

この章では、ルールのシフトの整理を大雑把にしたが、このルールを、わきまえていれば万全などという安定した状況にはない。アートワールドのさまざまなプレイヤーたちの動きによってアートシーンの動向が、支配される。

とりわけ冷戦体制が崩壊したあとの1990年代以降、ベニスビエンナーレなどの大型国際美術展が、世界のさまざまな都市でおこなわれるようになり、またアートバーゼルに代表されるアートフェアが、これも世界中でおこなわれ、コンテンポラリーアートを動かす大きな動因となった。誰がルールメーカーなのか、曖昧なままな、しかし激流のようなコンテンポラリーアートのゲームは日々続けられているのである。

 

化学反応、融合と分裂がますます加速化する。

このような状況で、自分一人、アートワールドから離脱してアート活動することはもはやできなくなってしまった。

 

再度言うが、この時代において、アーティストであるということは、確信犯でなければならないということだ。そして、渦の中にダイブするにしろ、離反するにしろ、ゲームのルールは最低でも知らなくてはならない。

絵画は死んではいない。工芸もだ。しかし、「視覚プレイ」だけでは、もはや切り開けないことは明らかだ。これらもまた、「頭脳プレイ」の中で進まなければまならない。

ではどのような思考法をとればよいか、次回はそのことについて考えてみよう。